絵巻物プロデューサーからのメッセージ

美術史専攻の学生の絵画研究の場合、画像をコンピュータ上のモニターで追う学習は一般的だが、この方法では作品の深い読みとか鑑賞には充分とは言えず、むしろ一過性の鑑賞、もしくは知識の習得にのみに終始しがちになります。

作品鑑賞なしの研究はあり得ないし、その逆、つまり研究なしの鑑賞もまたあり得ないでしょう。とりわけ、わが国特有の絵巻物は絵とことばの織りなす物語であり、絵師は時間と空間の制約を自由自在に飛び越え、意のままに表現を駆使している訳ですから、鑑賞もまた一枚岩ではゆかない。同時進行的なスピード感が要求されます。

巻子を手に取り、目で画面を追い、詞書を読み、感じる、そうした一連の動作から生まれる自発的な感動こそが絵巻物鑑賞の極意であり、それが固有の体験となり、目と手でもって傑作の核心に迫ることでもあります。これは絵巻物特有の学習法であり、そこから新たな視点や展望が生まれ、学問の無限の広野を拡げるエネルギーの根源にもなります。

「地獄を見た、餓鬼を見た」という人がいますが、それは比喩であり、実際には誰も見たことはない。だが、誰でも想像することはできる世界なのです。地獄や餓鬼を見た人がいたとすれば、それは想像力の賜物であり、仮説であり、錯覚かもしれません。だが、現実には人間の意識や記憶の底には地獄や餓鬼は確かに存在するのです。それらは観念としてですが、先人たちはすでに12世紀にそれを現実感の伴う実体として具体化し、真実味を帯びる美術として今日に伝えています。

見たくないものに目を覆うことなく、正面から対峙し、苛酷な場面を見つめる。そうした凝視という行動があって初めて真実に迫るための第一歩が生まれます。これはモニター上で画面を追うのとは異なる体験であり、自分の目と手で探求する謎でもあります。そのような機会を若い人たちが持つことが重要と考える所以もそこにあります。

現在、美術情報は地球規模で蓄積され共有されており、必要とする情報は常にわれわれの周辺に遍在しています。が、表面的な知識の集積は絵に描いた餅に似て空虚です。個々の作品の内実に肉迫する身体的体験こそが餅の味ではないでしょうか?

このたび小林忠先生が監修し、小生がプロジェクトの企画制作に携わった国宝「地獄草紙 餓鬼草紙」二巻セットを公私ともども文字通り身近にご活用くだされば、幸甚に存じます。

2021年1月30日

株式会社イーアート  早野 威男

2003年以来の実績

  • 第一回配本:『平治物語繪』(全三巻セット)

    第二階配本:『信貴山縁起繪』(全三巻セット)

    第三回配本:『伴大納言繪』(全三巻セット)

    第四回配本:『源氏物語繪巻』(全四巻セット)

    第五回配本:『鳥獣人物戯画』(全二巻セット)

    第六回配本:『紫式部日記繪詞』(全四巻セット)

    『平治物語絵巻 三条殿夜討巻』(一巻)

    (東京国立博物館140周年特別展『ボストン美術館 日本美術の至宝』記念)

    『伴大納言絵巻』(全三巻セット 新版 出光美術館開館五十周年記念)

    『東海道五拾三次 絵巻』(二巻セット ボストン美術館収蔵作品)

    第七回配本:『地獄草紙 餓鬼草紙』(全二巻セット)

    絵巻について

    日本の絵巻物の最高傑作を原寸大復刻版で絵巻化し、現代に蘇らせるには、高度なデジタル印刷技術と伝統的な職人技の融合であるデジタルハイブリット(デジタルとアナログ、電子と紙)が不可欠であり、トッパンフォームズの永年の経験と創意がその実現を可能にし、21世紀におけるタイムリーな企画として実現しています。

    五大特長

    1. オンデマンド方式による生産であり、ご注文に応じ、最新の商品を提供できます。

    2. 世界初の「貼りつなぎ」なしの絵巻用画像制作のノウハウを駆使し、一枚の用紙に画像を10メートル以上も同時印刷する長尺印刷で製作されています。

    3. 耐光性のあるトナーの使用により、印刷インクでは再現できなかった絵巻特有のテクスチャーと抜群の色彩効果を実現し、長期保存も可能です。

    4. 作品それぞれの専門分野の美術史家による日英二カ国語の精緻な解説書付きですので、学術文献としても貴重です。

    5. 図書館などに永く収蔵される美術資料としての価値もあり、愛蔵品としても幾世代にわたる文化的資産といえます。