デザインの今日的意味

グラフィックから建築まで幅広いデザインという概念は、今日の市場において多岐にわたり活用されているものの、われわれ判断する側のスタンスは一定ではありません。その評価基準も国家単位、市場単位、年齢単位などで異なり、概念そのものは、民族、宗教、地域の枠内にとどまらず、混迷とともに拡散しつつあります。その一方で、それぞれの市場においては偏狭なデザインが生まれており、その価値もまた状況に応じて多様に変化しつつあります。

今日までのグローバル化の過程で、われわれはいくつもの文化が犠牲になり、歴史的見識も役立たない事実も見てきました。さまざまな分野での問題解決をグローバル的に図ろうとすれは、結果として、弱いものが淘汰され、富めるものが乾杯する世の中であること、自然調和的な解決には根本的な無理があることを認識せざるを得ません。グローバル化とは格差社会における冷厳な生存競争にほかなりませんし、それは民主主義の危機でもあります。そうした現実を生き抜くための思考なり方法が欠落していれば、生存する余地はありません。今日の世の中、楽天的であるのも苦しいのです。

21世紀に入って20余年、9・11テロからコロナ禍まで世界はまさにグローバル規模で激しく動いています。グローバル化とは、すべての出来事や現象が「他人ごとではない」時代に突入していることでもあります。時代はマスメディアから個別メディアであるSNS支配へと変転しており、情報は瞬時に世界と個人をも席捲します。地球温暖化、自然資源の枯渇、災害と疫病などの諸問題が異常な頻度で世界中に発生しており、不安と不信の病原菌を個人の生活内にまで植えつけています。21世紀の、仏教でいう末法入りなのかもしれません。

そこでデザインの登場となります。グローバル化時代のグローバルなデザイン、単なるユニバーサルなどではなく、情報通信時代に生活する人間の身体と環境の相関の中を縦横無尽に有意義に網羅するデザイン、それでいて美しいデザインが必要になってきます。世の中にあふれる無用なデザインは無視し、われわれの生活とその未来を左右するような「デザインの持つ政治性」が待望されます。人類のかかえる課題を解決する切り札となるようなデザインのことです。

デザインの語源であるイタリア語の「ディセ―ニョ」、本来の意味を今一度見直すと、この言葉は「あることを意図し、それを形にする」という思想です。イタリア・ルネサンスの創造力の原点にある言葉ですが、造形芸術の分野にとどまらないのが今日的意味です。グローバル化時代における人権/資源/環境の保護、NPO/ボランティア活動などの社会貢献、これらを実践するには政治性をデザインの中に求め、意味づけることが肝腎です。そうした発想の転換があれば、21世紀の人類社会の差異が生み出す諸問題を克服し、新しい価値が誕生するきっかけになるかもしれません。

安樂寺 えみ リトグラフ版画 『Untitled #001』

写真家・安樂寺えみの写真画像をリトグラフ『Untitled』(限定30部)として再生することは、いわば冷房から常温空間への転移であり、豊かなイメージのさらなる重層化であり、これまで隠されてきた美の新たな領域での発動です。別称(常温のヴィーナス)という美しい異次元への誘いでもあります。

安樂寺えみの作品を称して、エロティシズムとか日常生活内部の神秘性などという声もありますが、それらは美という不思議な生きものの中に散在している遊戯の表象のひとこまを評しているにすぎません。安楽寺にとって、美とはさまざまな要素を凝縮した柔軟性のある玉であり、それも常に浮遊しつつ、いつでも四方八方に破裂する危険をも孕んだ玉のようなものなのです。

このたびのリトグラフの採用は、新たなメディアによる新しいイメージの誕生であり、安樂寺の美的資産の恒久化を狙ったものでもあります。



仕 様

限定30部 エディション番号、作家サイン入り

版 式

リトグラフ 12色刷 手摺り

絵柄寸法

257 x 192 mm

用 紙

キャンソン (フランス製)

専用額

枠寸447 x 372 mm

定 価

107,500円 (税別、送料別)