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     東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。 凸版印刷、凸版印刷(米国)、同関係会社役員を経て、2001年に株式会社イーアートを設立。

     武蔵野美術大学、多摩美術大学、共立女子大学、上海復亘大学、ルイ・ヴィトン・ジャパン、などで特別講師。アート・ディレクターとして、金融、商業印刷、出版関連の販促ツールの企画制作、製薬会社の海外向け販促ツール類、日本経済新聞社刊「古代エジプト壁画」装丁デザイン、集英社コンパクトブックス・シリーズ装丁、AUGE社刊行の特集号「iESPANA!」、「SOUTH AFRICA」、「FLORIDA」、国立民族学博物館開館記念収蔵品カタログ、そのほかアニュアル・レポート、会社案内、企業カレンダー、海外美術館美術資料取材、など。

     展覧会関連としては、フランス文化省「伝統と新技術―12人の日本のグラフィックデザイナー」(1984年, Les Ateliers)コミッショナー。ロサンゼルスの日米文化会館理事として「現代日本のイラストレーション」(1993年、Doizaki Gallery)ほか、日本の美術、デザイン関連の展示会、講演などを実施。フィラデルフィア美術館企画「世界に花開いた日本のデザイン」(1996年、サントリーミュージアム[天保山])コーディネーター。 国際交流基金「デザインの世紀」(1998年、パリ日本文化会館)コーディネーター。 朝日新聞社主催の写真展覧会図録、ポスター等のデザイン。 TOTO、モリサワカレンダーコーディネイト、など。

     トッパン・フォームズ「至宝『日本の絵巻物』完全復刻シリーズ全8巻」の企画コンサルティング、自主出版企画「近代日本画の古典・速水御舟作品復刻シリーズ」、など。株式会社トップクルー特別顧問。


     グラフィックから建築までデザインという言葉は、今日の多様な市場において多岐に使用されていますが、われわれがそれを判断するためのクライテリアも一定ではありません。つまり評価基準、測定尺度も国家単位、市場単位、業界単位、企業単位であるために、民族、宗教、国家の枠内外での混迷の度が強まりつつあります。その一方で、一部の国家、一部の市場、一部の消費者を対象とするデザインもまた緊急に必要とされています。既成概念や不可視の制約にとらわれず、普遍性と同時に個別性が求められる所以もそこにあります。

     グローバル化、もしくは近代化という問題に直面するとき、われわれはひとつの文明の死滅に直面することにもなります。ひとつ命が生まれるためには、ひとつの命が犠牲になることもしばしばです。今日のさまざまな分野での問題解決をグローバルに図ろうとすれは、どこかでひとつの歴史的過去との決別があり、未来に向かう意欲は既存の文明との乖離や背反ともなります。ここに自然調和的な解決を求めることは根本的な無理があり、グローバル化とは冷徹な生存競争にほかならず、そのための思考法が稼動してはじめて可能となり、それが欠落していれば、発展の余地はありません。

     そのためには、複眼の思想が不可欠となります。単眼に対する複眼というよりは、心理的複眼です。なぜなら、人間は元来複眼であるにもかかわらず、現実の機能は単眼の枠を容易に超えられないためです。いくつもの視点があり、大脳の助けをかり、それぞれ焦点を合わしてゆく。焦点が合えば、人間はものを見透かす、つまり千里眼になる潜在力を持っているのです。複眼と千里眼の交錯により、より立体的な視点が確立でき、未知の世界にまでの透視が可能になってくるのです。19世紀末に生きたフランスの詩人アルチュ―ル・ランボーのいうVoyantとはそのことかもしれません

     21紀に入り、9・11のテロが象徴するように、世界はまさにグローバルな規模で激しく動いています。すべての出来事や現象が「他人ごとではない」時代に突入しているのです。マスメディアの普及もあって、そうした物象が世界を瞬時に席捲し、地球資源の枯渇、自然災害、政治の不安定性、経済の停滞、市場の窒息性、商品価値の短命性などの諸問題が異常な速度をもって地球規模で発生し、個人の生活をおびやかし、人々の心に不安の病原菌を植えつけるのです。それでも、われわれ一人ひとりは、それぞれの国で、地域で生活者として生存してゆかなければなりません。

     そこでデザインの登場となるのです。それは冒頭でいったデザインの意味とはやや異なります。グローバル化時代のグローバルなデザイン、つまり生活者のあいだを縦横に展開できる有益、あるいは無益なデザインが決定的役割をはたし、われわれの生活と未来を左右してゆきます。デザインが人類のかかえる課題に共通する切り札になりうるには、グローバルという時代性の理解、普遍性の認識、生活者としての意識、個別な価値観、立体的な視点、生存するための知慧など、解決すべき課題がわれわれの目前に山積しています。

     デザインの語源であるイタリア語の「ディセ―ニョ」の本来の意味を今一度見直すこと、この言葉はイタリア・ルネサンスの創造力と発想の原点ですが、造形芸術だけの分野にとどまらないのが今日的意味です。時代と地域を超えた普遍性、人権や環境の保護、資源や福祉にたいする敏感な頭脳、NPO、ボランティア活動などにも貢献するデザインの政治性が求められています。そうした発想の転換があれば、グローバルに通用するクライテリアを持ち、差異性や多様性の問題を克服できるはずです。新しい価値の創造もそこから生じるはずです。